アイドル現場レポ日記

いろんなオタクのレポ置き場

ヒーローガールと逆張りオタク

社会人になってようやく女児アニメを楽しめるようになった。

メインターゲットだったはずの女児当時は本ばかり読んでいる無口な子どもだったし、学生時代は学生時代でひねくれたオタクだったから、考察という名の深読みをさせてくれる小難しいアニメや何言ってるかわからない電波ソングばかり好きだったけど、不本意な残業をした帰りにSpotifyが勝手に流してきたアイカツ!のエンディングで意味もわからず泣いてしまってから、日曜の朝はコーヒーを淹れてテレビの前に待機するようになった。

最近はすっかりプリキュアにハマって、ソラ・ハレワタールさんのオタクだし、23話でぼろぼろに泣いたし、プリティホリックのキュアスカイのリップを通勤カバンに忍ばせている。さすがにテレビに向かって声を出してプリキュアを応援したりはしないけど、心の中では毎週、必死で彼女たちの勝利を、彼女たちにとっての最善を祈っている。

 

月に一度、オタク仲間5人で集まってその時ハマっているコンテンツをプレゼンする会があって(普通のカラオケ兼飲み会なんだけど、オタクが集まるので自動的にプレゼン大会になる)、ここ数回はずっとひろプリの話をしている。ソラ・ハレワタールさんがヒーローたるゆえん、女の子がヒーローになっても、ヒーローに憧れてもいい(もちろんならなくても、憧れなくてもいい)権利を得たこと、ソラさんとましろさんの関係の描かれ方、ツバサくん回で示された勉強することの意義、キュアバタフライの変身バンクの華やかさ。次はキュアマジェスティの耳飾りが(プリンセスのパブリックイメージから導かれるようなフェミニンに揺れるイヤリングではなく)ごついイヤーカフだったことを話そうか。

もちろんお互いに布教したいものを貸し借りもしているので、今手元にはジャンケットバンクの単行本とユニゾンスクエアガーデンのアルバムがある。どっちも全然知らなかったけどめちゃくちゃよかった。

 

友人たちへの返却物を持って、今日のプレゼン内容を頭の中でまとめて家を出る。大学で出会って、お互いいろんなジャンルを行き来するオタクの集まりなのに、今もこうして交流が続いているのはありがたい。趣味がかぶりすぎないからか解釈戦争が起きたこともなく、5人全員が好き勝手にオタクをやって生きている。でも、たとえば次回わたしが「キュアマジェスティが揃ったので5人で概念ネイルをして集まりたい」と提案すれば(プリキュアに興味のない友人もノリノリで)爪を塗ってきてくれるようなところが好きだなと思う。

予約してあったカラオケのプロジェクタールームで覚えたてのユニゾンを入れたら、「サヤ、シュガビタとかの爆売れ曲じゃなくカップリング曲とかアルバム曲ばっか気に入るあたり、女児アニメ見れるようになっても逆張りオタクなの変わらんよね」と笑われて、ぐうの音も出なかったので「ぐう」と言って笑い返した。

「ねーそろそろ持ってきた円盤流してもいい? 今の矢崎は2.5とアイドルがアツいがどっちがよろしいか」

カラオケがひと段落したころ、矢崎が丁寧にプチプチに包まれたディスクケースを紙の手提げから出す。出会った当初は乙女ゲーに目がなかった彼女が今は舞台の上とはいえ三次元の人間を好きになっていることに、時の流れを感じる。(でも、いくら見た目が垢ぬけても一人称が自分の苗字なところはずっとオタクっぽくて安心する。)

「アイドルってどのへん? 坂道とLDHくらいしかわからん」

LDHってアイドルなの?」

「じゃあ矢崎の推しアイドルのライブ映像流すわ、今に見てろよ」

「今から見るんだよ」

なぜか喧嘩腰の矢崎がディスクを入れる。読み込みの間にとりあえず全員がカバンからキンブレを取り出した。なんでとりあえずで全員がキンブレを取り出すことができるのかなんて、最早誰も聞かない。

矢崎がハマるんだから楽しいものなんだろうと思いつつ、キンブレを構えながらも「アイドル……アイドルか」という思いが同時に湧く。三次元のアイドルということは人間であるということで、アニメみたいな物語性が完璧には保証されていないことが正直不安だった。ステージのポップアップからスーパーボールみたいに飛び上がって登場する5人の女の子たちの名前やカラーを解説されながら、無意識にあまり心の距離を近づけすぎないようにしていた。

「矢崎の推し、どれ?」

「凜世ちゃん。青の子。顔と声と歌と背丈と言葉の選び方が推せる」

「全部じゃん」

わたしと同じ人間とは思えないような粗のない肌と笑顔、普段づかいと対極にあるビビッドな配色の衣装。どういう努力をしたらそんなに楽しそうに、ステージなんか狭くてかなわないっていうみたいに走り回れるんだろう。

自分の中のアイドルの引き出しがアイカツ!しかないから、アイカツ!のステージみたいだ、と思った。順番がおかしいんだけど、でも、あんなに理想化された二次元の世界が三次元と重なりうることに驚いた。

自己紹介のMCとそれに盛り上がる矢崎を聞きながら、三次元の存在を推したことがないな、とぼんやり考える。アニメとか漫画のキャラクターは基本的に作者によって描かれているものがすべてだから、わたしのソラ・ハレワタールさんを好きな気持ちにはあまり隙間がない。提示されるひろプリの情報はほとんど追いかけているから、ソラさんの全部を好きだと言える自信が持てる。

でも、アイドルってプライベートは見えないし、見えるべきでもないし、表に出してもいいとアイドル本人や事務所に判断された情報だけを享受して「推し」と呼ぶことはなんか、怖かった。同じ人間同士なのに、一方的な気遣いだらけのやさしさに甘えているようで。

「次ペンラ赤ね!」

逆張りオタクの思考に囚われているところに矢崎の指示が飛ぶ。赤がセンターの5人組アイドル、放課後クライマックスガールズ。ここまでは覚えた。

「果穂ちゃんはね、ヒーローアイドルなんだー。サヤの推しプリキュアと似てるね」

ソロ曲が始まる直前の矢崎の一瞬の解説に気を取られる。もっと詳しく説明してほしかったけど、矢崎はそのままキンブレを振るのに忙しくなってしまった。女の子がヒーローになってもいいんだ、とソラさんが安心させてくれたことを、画面の中の客席が真っ赤なひかりに染まるカメラワークを見ながら思い出した。

始まったのは一生懸命な歌声だった。本当はもっとはしゃぎたくて仕方ないけど、アイドルとして歌に乗せられるのはこれがもう限界、みたいな歌声。ところどころに入る戦隊ものの決めポーズみたいな振付があまりに嬉しそうで、アイドルがヒーローを好きでもいいんだ、と思った。ニチアサ梯子勢がTLにたくさんいるから、間奏の振りにジャスティスレッドのポーズが入っていたのがわかった。

サビの歌詞は青空についてだった。こんなことを思うのは運命を信じているみたいで悔しかったけど、ソラさんと果穂ちゃんがヒーローというラインでつながったみたいで、最終的にカラコンが乾くくらいに見入ってしまった。

 

ディスクの再生が終わるころには5人中3人のオタクが泣いていた(うち1人矢崎)。わたしは泣かなかった。ここまで来ても果穂ちゃんを好きになることにひとりじたばたと抵抗していた。

「キュアスカイが好きなら果穂ちゃんも好きでしょこれは……」

「それは暴論だよ、二人とも別個の存在なんだからそうやって属性で語るのはよくないと思う……」

「サヤがそうやって言い訳を探すときってだいたいハマる時だよ、わたしたちは知ってるんだからな」

自分でも予感していることを、友人たちにもとうにわかられている。それでもいつもより認めたくないのは、やっぱり果穂ちゃんが誰かにつくられたキャラクターではなく人間であるからだった。キャラクターなら、自己満足の愛の証明として祭壇でも生誕パーティーでも概念コーデでもやればいいし、オタクとしての行為がキャラクターに知れたり引かれたりすることはないって安心感がある。でも、これから果穂ちゃんを推していく行為は、アイドルがいちいちファンの行動を目に入れるかは別として、果穂ちゃんとわたしが同次元にいるという意味で、果穂ちゃんそのものに伝わりうる。たぶんわたしは一方的に愛したり憧れたりしていたいオタクだから、それが怖くて仕方ないのだった。

「サヤは三日くらい悩んでから「沼りました」ってラインしてくるね、獅子神敬一の魂を賭けてもいい」

「矢崎は一日でライン来るに919くんの魂を! 凛世ちゃんのは絶対賭けれないので」

「ワンチャン別にハマらんに田淵の魂」

もだもだと悩むわたしをよそに、各々の推しの魂で賭けが始まっている。友達が次元を乗り越えようとしているのにのんきなものだ。でも、女の子がヒーローになってもいいし、アイドルがヒーローに憧れてもいいってわたしは知っているんだから、二次元オタクが三次元の人間を好きになっても、いいのかもしれない。