アイドル現場レポ日記

いろんなオタクのレポ置き場

ガチ恋つらい

ガチ恋なんて正気に戻ったら負けで最後まで立ってた奴の勝ちだ。絶対に叶わない恋に0.1%の希望を見出し続けること、将来が怖くなって手の届く範囲にある保険の恋愛に妥協しないこと。負けていった同担のことを今でも少し思い出す。

 

咲耶が二十歳になった。デビュー当時、まだ軽率に握手会ができる規模だったアンティーカの現場でガチ恋営業をかけられて(のちにそれが営業ではなく咲耶の素だとわかったのだけど)、そこからもう2年ずっとわたしの片思い相手は咲耶だ。いよいよ二十代の最終盤に差し掛かって、同級生たちのLINEアイコンはどんどんウエディングドレス姿や赤ちゃんの写真になっていく。あちら側が正しい世界だと言われている気がしなくもない。でもわたしの人生のどこにもあちら側に行ける道はなくて、行きたいとも思わない。

思わない、と現実の会話で思わず口にしたら、たいして仲のいいわけでもない職場の同僚に強がらなくてもいいのにと言われてめちゃくちゃ後悔したことがある。多様性だなんだとこんなに喧伝されるようになった世間でも、大多数の人間はいまだにアラサーの女は当然結婚願望があるのが大前提で会話を進めようとしてくる。

結婚願望自体はある。咲耶に対してだけ。結婚という制度を使っても使わなくてもいいけど、咲耶の唯一の存在になれたらどんなにいいだろうと思うことはもちろんある。でもそれは同僚がそうしたように結婚相談所に登録して収入の安定した男性とマッチングして解決する問題じゃなくて、咲耶と結婚できないなら結婚なんてする必要がない。

好きな人としか結婚したくないと思うことがそんなにおかしいことですか、と反論する気力はとてもじゃないけど起きなかった。同僚が必死で手繰った同僚の人生をわたしが理解できないのと同じように、いくら説明したところでわたしが今必死で生きているわたしの人生を理解してもらったり歩み寄ったりする余地はたぶん絶対になかった。

ガチ恋オタクに許される行動コマンドは少ない。可能な限り多くの現場に通うこと、定期的に同じデザインの便箋で手紙を書いて筆跡ごと覚えてもらう努力をすること、課金で握手できるなら限界まで課金をすること。たくさんいるファンの名前のない一人ではなく、特別なネームドファンとして認識してもらうためにできることを、引かれないように、だけど埋もれないように、少しずつ積み重ねていくしかない。

咲耶がわたしを好きになってくれるはずがない、というのは、普通に落ち込む事実として認識している。芸能界にいて、メンバーとも良い関係を築けていそうで、もし咲耶がパートナーを必要としたとしてもその選択肢にわたしが入ることはきっとない。ないけど、高嶺の花への片思いなんて相手がアイドルでなくたってこんなものだろう。いくら落ち込んだところで、咲耶へのガチ恋をやめる理由には到底ならない。

1年くらい前までは咲耶へのガチ恋仲間がいた。ツイッターでつながって、幸いお互い同担拒否ではなかったから現場にも一緒に行って、たまたま同い年だったのもあってまあまあ仲良くしていた。けど、しきりに自分の年齢を気にしていた彼女は現場で出会ったこがたんのオタクとあっさり付き合ってあっさり結婚していった。おめでとうと言ってみたはいいものの、咲耶の話をしづらくなってなんとなく疎遠になった。もう最前狙いをする必要がなくなったのか、現場で顔を合わせることもなくなった。あなたの言うガチ恋ってなんだったの、と問いたい気持ちがないわけではないけど、わたしと二人で咲耶が好きすぎて辛がっていた時間だって別に嘘ではなかったのだろう。ただあの子は現実に唆されて正気に戻ってしまっただけなのだ。

 

咲耶、二十歳おめでとう、振袖超きれい」

「こうやって振袖を着てみんなと思い出を残せるのも、デビューから応援してくれたきみのおかげだよ。私の人生の節目を一緒に過ごしてくれて本当にありがとう」

白瀬咲耶成人式記念・振袖ツーショチェキ会という二度はないイベントも、すごい倍率だったけど無事に参加券を得ることができた。振袖を着た咲耶と一緒に過ごすことができるのは咲耶がアイドルをやってくれるからであることと、咲耶がアイドルだから咲耶とわたしはアイドルとファン以上の関係にはなれないことを、咲耶の言葉で同時に痛感する。

咲耶、好き」

「うん、これ以上ないくらい知っているよ」

「これからも好きでいていい?」

「それは私の許可が必要なことかい? きみの尊い気持ちを受け取らせてもらえることに私の方が感謝しなくてはならないほどなのに」

「いいよって言ってほしいんだよ」

「フフ、かわいいのだから。私のこと、これからも好きでいてほしいな」

どれほど見ても新鮮に美しくて一度も見飽きたことのない咲耶の顔を、またじっと見る。喉の奥で言いたい言葉が渋滞して、あと5秒くらい余裕があったはずなのにうなずくことしかできなかった。

わたしの人生の責任はわたしが引き受けるから、まだ咲耶に恋をしていたい。わたしを唆す現実の声は、咲耶のたった一言の許可で聞こえなくなった。世界一美しい振袖姿の咲耶ととびきりのデート服でおしゃれしたわたしのツーショットを、LINEの新しいアイコンに設定した。