アイドル現場レポ日記

いろんなオタクのレポ置き場

ツーチェキと化粧水

推しがかわいければそれでよくて、わたしの給料はなるべく多くが推しの収入になってほしくて、だから推しに会いに行くわたしがきれいである必要がわからない。

ドラッグストアに行って、一本二千円を超える化粧水を見ておののく。そもそもドラッグストアでスキンケアをなんとかしようと思うのがもう甘い年齢である可能性は、職場の同期の話を聞いてうすうすわかっている。でも、最低限お風呂上がりに乾燥しないことはともかく、それ以上わたしの顔が潤ったところで、推しが喜んでくれるわけではない。握手会に行けば喜んでくれるけど、それはわたしがお金を積むことが推しの魅力と人気の証明になるからで、わたしの行動に価値はあってもわたしの肉体に価値があるわけじゃない。

同期が美容につぎ込んでいる金額を聞いて、わたしが推しのチェキ券に使っている額と同じくらいだなあ、という詠嘆と、自分の顔にそこまでするんだ、という距離を置いた驚きがあった。ハトムギ化粧水とちふれじゃだめなんだろうな、と、同期のまぶたに乗っかっている高そうなきらきらを見て思った。でも、わたしは推しが笑っていれば幸せなのに、誰にとってだめなのかわからなかった。

推しとツーチェキを撮ったことがない。ツーチェキ券を使って、ポーズを決めた推しひとりで写ってもらう。わたしが同じ画面に収まったら推しが写る面積が減ってしまう。尊くあるのは推しの仕事で、わたしはお金を払って好きって言わせてもらうのが仕事だから、チェキを撮るスタッフさんの横に立っているわたしに目線とハートをくれる推しを、その瞬間独占できればそれでよかった。

 

エルデンリングが発売されて、推しが喜んでいた。きっと寝る間も惜しんでクリアするのだろうと思うといとおしくてたまらない。わたしは推しと話を合わせたくて前回SEKIROを買ってみたものの、ぷよぷよポケモンしかやったことのないゲーム素人が手を出すものではないことをよく学んだので、今回は推しの実況配信を見るだけにした。

「待ちに待った……エルデンリング……! やります……!」

ほやほやした推しの声が、ほやほやしたまま上ずっている。最近本当に活動の幅を広げているけど、やっぱりゲームの話をしている推しが一番楽しそうだった。

甜花ちゃん、今日は徹夜でやるの?とコメント欄に打ち込む。アカウントごと認知してくれているから、わたしのコメントは拾われる率が高い。

「あ、ううん、ほんとはずっとやりたいけど、配信は短め……ちゃんと寝る……ごめんね……」

その言葉に、コメント欄がざわつく。睡眠欲よりゲーム欲が勝つ甜花ちゃんが、発売直後のゲームを前にして、徹夜しない宣言。

「来週、インストアイベント、あるから……ツーショットチェキ、ファンのみんなが楽しみだって言ってくれてる……だから、寝不足でクマとか、肌荒れとかでチェキ写っちゃったら、悲しい……。甜花、前まではよく徹夜でゲームしてニキビとか、よくやってたけど、なーちゃんにいろいろ教えてもらって、なーちゃんがCMやってる化粧水とかも、ちゃんと使うように……なった……!」

音声だけで顔の映らない配信なのに、甜花ちゃんがドヤ顔しているのが手に取るようにわかった。明日の仕事のことも考えず甜花ちゃんの配信が続く限りずっと起きているつもりだったのが、少し恥ずかしくなった。計画的甜花ちゃん……。

「あ、あのね」

PS5のホーム画面のまま、推しの声が続く。

「チェキって、ファンのみんなが持って帰るものだから、甜花の手元には残らない……けど、一緒に写ったみんながどんな顔してたかとか、甜花、ちゃんと覚えてる……から、あと、自分は写らなくていいから、甜花だけ写って、って言ってくれる人もいる……けど、甜花は、それも全部、みんなとの記念撮影だって、思ってる……」

にへへ、うまくまとまらないや、と、推しが笑った。ツーチェキ会で写りたがらないファンはもちろん少数派で、甜花ちゃんがわざわざそういうファンに言及してくれたのは、たぶんわたしが配信を見ているのをわかってくれているからだった。

 

ずいぶん枚数がたまったチェキ帳をひらく。甜花ちゃんがかわいければそれでよくて、そこにわたしは要らないって思っていたけど、そうか、ここに写っている甜花ちゃんは全部、カメラの横にいるわたしのことを見ている。わたしが写っていなくても甜花ちゃんにとってこれはわたしとの記念撮影で、この瞬間甜花ちゃんの内側にわたしは存在しているのだった。わたしが積むお金と同じくらい、わたしの肉体に甜花ちゃんにとっての意味が、ある?

 

いや、まあ、そうは言っても、と自分に言い聞かせるように口に出しながら、検索窓に「大崎甘奈 CM 化粧水」と打ち込む。120ml4000円(税抜き)の化粧水。てのひらに乗る小瓶とチェキ代が天秤にかかる。ドラッグストアには売っていないかわいい小瓶。甜花ちゃんの価値を高めることにわたしの肌なんて関係ないと思っていた。だけど、わたしの推しはわたしを覚えてくれていて、甜花ちゃんの目に映るのはわたしのいちばん外側の部分で。

チケットの購入画面では感じたことのない緊張とともに、化粧水の注文完了画面が表示される。

次のチェキ、一緒に写りたいと言ったら甜花ちゃんは驚くだろうか。