アイドル現場レポ日記

いろんなオタクのレポ置き場

持続可能なパステル・パープル

思えば小糸と一緒に大人になった。

小糸とわたしは同い年で、小糸がアイドルとして大きくなっていくのを全部見てきた。デビュー当初は控えめで、目立ってなんぼのアイドルなのに透たちのうしろに隠れてさえいた小糸が、それでもファンレターの返事に「アイドルを頑張る」と書いてくれたこと、芯のある大きな声で話せるようになったこと、5センチくらい身長が伸びたこと。

この前のチェキ会で、ねえどうしよう小糸、わたしたち今年からお酒飲めるよ、と話したとき、小糸は「い、いきなり強いお酒飲んじゃだめだよひばりちゃん、アルコールが合わない体質だってあるんだから、最初は何かあっても助けてくれる人のいるところで飲むんだよ」って真っ当な返しをしてきて、大人になっても小糸はこれまでの小糸と地続きだなと思ってすごくうれしかった。

 

今日はノクチルのワンマンツアー二か所目の仙台公演で、そこそこ大きな会場のチケットだったのに先行販売だけでほぼ売り切れていた。ファンクラブ先行で取ったのもあって手元にあるチケットは幸い一階席三列目と申し分ない大当たり席だったけど、どんどん動員数を増やしているノクチルが遠くに行ってしまう感覚は否めない。

小糸のソロでの仕事も増えてみんなに名前が知られるようになって、わたしが「好きなアイドルは福丸小糸です」と言った時に「知ってる」「かわいいよね」って言ってもらえることはもちろん本当にうれしいし、売れないで、わたしだけが知ってるアイドルでいてなんて呪いみたいなことを思うつもりはない。でも心のどこかでほんの少しさびしくて、直接お話しができるタイプのリリイベがいつまであるのか、むらさきのペンラの数がどんどん増えていく中で、小糸がいつまでわたしの名前を呼んでくれるのか、考えてしまうことはある。

まあライブが始まってしまえばそんなオタクのジレンマなんて吹っ飛んでしまって、自分宛てのうちわを見つけるたびに器用にハートやピースで応えていく小糸が、ペンラしか持っていないわたし(=うちわを家に忘れて遠征に来た愚かなオタク)の顔を見ただけで手をぶんぶん振ってファンサをくれるから、幸せで胸がいっぱいになる。ファン歴が長くて、たまたま同い年という共通点があって、ライブ中でもファンの顔を一人ずつ見つめてくれる小糸を好きだからこその特権みたいなレス。最近ノクチルを好きになった人からすればずるいと思われるのかなとちょっと思うけど、去年送ったファンレターにそのことを書いたら「ひばりちゃんがわたしを好きになってくれた結果として今があります。だからずるくないと思います。」って返事が来て、それからは堂々とファンサを受け止められるようになった。

小糸がわたしを認識してくれることは決して当たり前のことではなくて、だけどこうして何年も認識してもらっていると脳が慣れてしまいそうで、いつかノクチルが観客のひとりひとりを視認できないくらいの大きな会場を埋めてしまったとき、わたしはどんな気持ちになるだろう、と小糸のソロパートが終わった一瞬の間に考えて、振り払った。

多幸感と清涼感と感傷を混ぜたようなライブ終わりの道を、予約してあるビジネスホテルまで歩く。たぶんもっと近い道があるはずだけど、仙台は駅周辺の地理しかわからないのでわざわざ駅構内を通り抜けて反対側の出口に出た。小糸が今朝インスタに上げていたペデストリアンデッキからの景色を、同じ構図で記念撮影した。

 

可もなく不可もないビジネスホテルの朝食バイキングを食べて、荷物をまとめて帰りの自由席切符を買いに駅へ向かう。駅に大きく掲げられた萩の月の看板を見て、「浅倉と雛菜、アンコールで出てくる前の数分で萩の月食べてた」「だって袖に置いてあったし~~!」という昨日のMCを思い出す。ノクチル、デビュー当初は若さゆえの自由みたいに言われてたけど全員が二十歳超えた今も全然自由だ。

荷物は少なくしてきたし少し観光的なことをしてから帰るのもありかな、次の接触の時に小糸にあげるお土産とか探してもいいけど、小糸も仙台にいたのに仙台土産ってなんか変かな、と考えながらふらふら商店街を歩く。

ファン歴が長いとあげたものも比較的多くて、いくらあっても困らないであろうTシャツやピン留めももう他のファンから含めもらい飽きているかもしれない(小糸は飽きるとかなくひとつひとつを大事に使うに決まってるけど!)から、結局小糸がインライの質問コーナーで答えていた愛用のシャンプーとかバスソルトが無難なのかもしれない、と最近は思い始めている。最初のころは小糸が欲しいと思ってくれそうなものを頭をひねって考えていたけど、あげたもののうちのいくつかは事務所の倉庫を圧迫してたりして。

「ね~牛タン食べたい! 地元のファンの人から利休がいいって聞いた~!」

「も、もうちょっと静かに……!」

急に聞き慣れた声が斜め後ろから聞こえて、飛び出そうになった心臓を抑えて目線だけで少し振り返る。

「ファンの人だって牛タン食べに来てるかもだし……! 個室のとこ探そ……!」

小声で雛菜ちゃんを説得する小糸の後ろ姿が視界の端に見えて、なるべく動じていないふりをしながらふたりの進行方向と反対に歩く。ここで話しかけるのはなんか、ルール違反な気がする。

高そうなサングラスをかけた雛菜ちゃんと帽子を目深にかぶった小糸のツーショットをつい横目で見てしまいながらすれ違う。すごい、やっぱ、知ってたけど、かわいい。国宝?

「ぴぁっ」

わたしが持っていたのがノクチルトート(パープル)だったせいか、必死で目を合わせないようにしていたのに小糸がこっちを向いてしまう。

小糸は眼鏡をかけていた。たぶん変装用の伊達眼鏡。そしてわたしはその眼鏡のことを知っていた。わたしが一番最初にあげたプレゼント。いつか小糸がすごくすごく有名になったら、変装しないと街が大変なことになっちゃうから、その時に使ってねって言って渡したプレゼント。まだ握手会の小糸列もあまり長くない頃だったから、小糸はいつか使える日が来るといいななんて言って笑っていた。それを。

「ひ、ひばりちゃーん……!」

すれ違う瞬間、本当に小さい声で小糸が言った。わたしが小糸の声を聞き逃すはずがないってわかっているみたいなボリュームの声。わたしが小糸の名前を大声で呼び返したらきっとこの商店街が大騒ぎになってしまうから、小さく手を振る。

 

呆然とした頭で新幹線の窓を見ながら考える。

どれだけ売れても小糸は小糸で、いつだって今日が今までで一番のファンサで、最新の小糸が最高にかわいい。小糸のことを好きでよかったって、もう何度目かわからないけど心の底から思った。