アイドル現場レポ日記

いろんなオタクのレポ置き場

ある女オタクの独白

目立っている自覚はあったけど、それでも地下アイドルの現場にロリータファッションで行くのは辞めなかった。


最初は、「アイドルより目立つ服着てくるんじゃねえよ」とか「イタい女オタク」とか、聞こえよがしにいろいろ言われたけど、パニエで膨らんだスカートが邪魔になることくらいわかっていたからずっと逆最前で見ていたし、ツイッターもアイドルの子のアカウント以外誰もフォローせずに静かにしていたらそのうちオタクからの風当たりは弱くなった。


私の大好きなアイドルはなかなか地下の小さなライブハウスから出られなくて、でもみんな本当にかわいくて、ずっと笑顔を絶やさず頑張っていた。ロリータを手放せない私のことを認知してくれては、似合うね、今日もかわいいね、と接触のたびに褒めてくれて、尊いなんて言葉では表せないくらい大好きだった。


アイドルに会いに現場に行っていたとはいえ、客席では孤独だったのは否めない。最前でわいわいするオタクたちが羨ましかったのは事実だし、男性オタクの中に違和感なく混じってキンブレ振ってる女の子のことが気になって仕方なかった。がちゃがちゃしたサブカルっぽい服に、必要に応じてオタク装備を重ねていた女の子。オタク仲間にきちんと挨拶ができて、逆最前から動けない私とは正反対の。


オタクのコミュニティを辿っていけば、すぐにその子のアカウントは見つかった。アイドルと洋服が好きな、眼鏡をかけた大学生。ふわっとしたプロフィールはツイートを見ればすぐにわかったけど、フォローする勇気が出なかった。この子はロリータを着た女を苦手とするタイプではないだろうか。ファッションが好きだからこそ分かれる見えない派閥みたいなものの存在が怖くて、そっと非公開リストにだけ入れた。


ああ、今日の現場もこの子は来るのだな、握手会でもめっちゃアイドルに認知されていたな、かわいいもんな、と、アカウントのその子と現場でのその子を交互に眺めては、一方的に知り合いみたいな気持ちになった。

 

 


それなのに、長雨が降り続いていたある日、突然アカウントが消えた。現場にもあの子は来なくなった。


他界してしまったのか。あんなに熱心に推していたのに。それとも誰かオタクとトラブった? 常連の人たちと仲は良さそうだったけど、別に決まった誰かとだけつるんでいたというわけでもなさそうだったのに。


いろんな推測ばかりがぐるぐると頭を回ったけど、転生先のアカウントも見つけられず、どうすることもできなかった。

 

喪失感はあったけど、もともと一方的に仲間意識を持っていただけの話だったし、私は私で推しを推した。前より少しだけキャパの大きい箱でライブができるようになって、対バンに参加することも増えてきた。それは素直に嬉しいことで、長くなった握手会の列の中でも私を認知してくれるアイドルのことが誇らしくて仕方なかった。


対バン相手のことは毎回あまり興味がなくて、なんとなく見ては、かわいいな、けど私の推しのほうがやっぱりかわいいな、と確認する作業だった。


だから、今日の共演が誰かなんてことも調べずに現場に来た。忽然と姿を消したあの子の名前が三峰結華だということも、その時初めて知った。


「私たち、L’Anticaです!」


あの子は、三峰ちゃん、は、アイドルになっていた。ロッキンホースの足元がぐらつく。名付けられない感情が心臓の周りを渦巻いて、逆最前とステージとの距離がぐんぐん遠くなる。あの子と私はもう、女オタク仲間などではなかった。ううん、もともと仲間なんかじゃなく、私の片思いだった。勝手な憧れだった。


曲もMCもまったく頭に入ってこないままライブは終わってしまって、制御のきかない頭のまま、なぜかL’Anticaの握手会付きCDを買って、あの子の列に並んでいた。


「ねえ! ロリータ超かわいいね! エミキュのやつ?」


初めて自分に向けて発せられるその声に、やっと意識のピントが合う。


「あと、間違ってたらごめんなんだけどさ、」


声のボリュームを落として、目の前のアイドルは私に耳打ちする。


「同じ現場に通ってたこと、ない?」


あるよ。超あるよ。ずっとお話してみたかったよ。だけど勇気が出ないまま、こんな形でお話することになっちゃったよ。


言いたい言葉がぼろぼろと溢れてくるのに一つも形にならなくて、ただぶんぶんと首を縦に振った。


もっともっと言うべきことがあったのに、時間管理のしっかりした剥がしは無情だった。あの子は最後の最後まで明るく何かを話しかけてくれて、手を振り続けてくれたけど、私は一目散にライブハウスを飛び出していた。


ツイッターをフォローしておけばよかった。オタク同士だったときに現場で話しかけておけばよかった。ライブの前に一緒にお茶するオタク仲間になりたかった。推しのいいところについてリプライで語り合いたかった。なのに、もう、何一つできない。


とめどなく溢れてくる後悔の後ろで、冷静な部分の思考はずっと、あの子がアイドルだからお近づきになりたいだけなのではないか、と、考えたくもない嫌なことを囁いてくる。


違う、私はもとからあの子が気になっていて、でも、チャンスはいくらでもあったのに話しかけなかったじゃない、だって、あの子は私みたいなの好きじゃないと思ってて、でも、今日かわいいって言ってくれた、どこの服かもわかってくれた――。


念入りに気合を入れたメイクが崩れていくのがわかったけど、どうしようもなかった。うつむいたまま、泣いているのを誰にも気づかれたくなくて、駅への道を歩き続けた。


「三峰結華@L’Antica」と書かれた公式アカウントをフォローすることはなんの迷いもなくできて、すべてが手遅れなのだと実感した。