アイドル現場レポ日記

いろんなオタクのレポ置き場

ショコラティック・ホリック

チョコレート以外の食べ物が受け付けられなくなるタイミングがあって、その時は諦めてドンキの地下の食品売り場に行く。お菓子の棚の、ファミリーサイズのチョコレートと準チョコレートに分類されるものを全種類カゴに入れる。

これから家に友達が来てパーティーでもするような顔でお会計を済ませて、誰も待っていないアパートに帰って袋を開けて個包装を剥いて口に運び続ける。スリーコインズで買った小さなゴミ箱がチョコの包み紙で溢れそうになる時、やっと我にかえる。

チョコレート以外の食べ物は食べられなくなるから、何度こうなっても太らない。肌は荒れる。拒食でも過食でもないから病院には行っていないけど、どこかしかるべきところに相談したらなにかこの状態には名前がつくんだろうか。

チョコはどれだけ食べてもずっと甘くて、舌が慣れきることがない。脳が甘さを感じるのに飽きても、舌が甘さを感じ続ける。そこに好きとか嫌いとかは介在しなくて、ただ甘いという事実が目の前のチョコがなくなるまで続く。ほかのなにも食べられないけどカロリーはきちんと摂っているのだから身体は動くはずだと信じ込ませてくれて、キッチンに立たなくても食べられて、食べている間は甘さ以外の思考が脳から締め出されるから、この状態になったときに食べられる最後の選択肢がチョコレートになったのだと思う。

「この状態」が何を指すのかはよくわからなくて、病んでいるという括りに入れてもらうのもなんだか申し訳なくて、大学の授業や遊びに誘われた時はきちんと振る舞えるし、ただたまに食事という最低限生きるための行為がチョコレート以外に対してできなくなるだけだ。友達の誕生日のためにおいしそうなダイニングバーを見繕うことはできても、自分の一食のためにはインスタントラーメンすら茹でられない。

 

ゼミの飲み会で「ずっとチョコばっか食べちゃうんだよね」と言ったのは思い返してみると誰かにそれはおかしいよと言ってほしかったからのような気がして、だけど返ってきたのは「え〜わたしも〜!今度一緒にすっごいかわいいチョコ置いてるパティスリー行こ!」というきらきらしたかわいい同期からの誘いだった。

この子はドンキホーテの地下でチョコを漁ったりしないんだろう。ちょっと高くて繊細な見た目をして、しっかりした箱に守られたチョコが好きなんだろう。リボンの柄のジェルネイルに包まれた指先がその子のiPhoneを撫でて、あっという間に表参道のチョコレート専門店に行く約束が出来上がる。

 

高いチョコも別に好きだ。よくチョコを食べていると人からもらうプレゼントがだいたいチョコになる。ゴディバのアソート、ロイズの生チョコ、ヨックモックのチョコシガール。もらって家に帰ったそばから口に入れる。おいしいとは思うし、300円で山ほど買えるような普段食べているチョコとは格が違うのもさすがにわかるけど、健康な食事の代用品にしている後ろめたさが苦い甘さとして舌の上に残る。

表参道駅で待ち合わせた同期はQ-potのチョコレートネックレスを揚々とつけていて、この子の今日の目的はチョコを口に詰め込むことではないのだと思った。わたしはどうだろう。今日を楽しみにしていたことを同期に告げて、だけど何をしにここへ来たのか少しわからなかった。

やや混んだ店内で10分くらい待って、パティスリー併設のカフェスペースに通される。チョコレートパフェ、ホットチョコレート、生チョコケーキ。選び放題なのに自分がどれを食べたいのかよくわからなくて、たくさんあって選べないよ、と困ったふりをして同期に決めてもらう。フォンダンショコラになった。

口に運ぶと、甘い。甘くて、何も食べたくないけどお腹が空いたという後ろ向きな食欲がまぎれる。おいしいと感じる以前に脳の余白が甘さで塗りつぶされることの安心のためにチョコを食べるのだと、チョコを食べるごとに思い出す。

同期は絶妙なバランスでチョコの薄い板が刺さったパフェをひとしきり撮った後、宝物に触れるみたいに細いスプーンで上から削いでいく。うれしそうで、羨ましかった。

逃避先にチョコを選んでいることが同期と相対的に浮き彫りになって、怖くなって慌てて紅茶で口の中を洗う。こんないいお店どうやって見つけたの、と、繋ぎの会話が洗われた口をついて出る。

「あのね、好きなアイドルの子がYouTubeで紹介してたんだ。チョコアイドルの子でね、知ってるかな、布教していい?」

パフェを掘り進めながら、同期はiPhoneを横画面にしてワイヤレスイヤホンを片方渡してくる。

「えへへ、ちょっと行儀悪いけどパフェ溶けちゃうし動画見てほしいから許して」

『チョコアイドル園田智代子のとっておき紹介!今回は表参道にあるパティスリーのチョコタブレットをお持ち帰りしてきました!』

同期の照れ笑いに動画の導入がかぶさる。お団子頭に見覚えがある気がした。Googleの検索履歴から察されたのだろうあなたへのおすすめ欄に出てきたサムネをたぶん見たことがある。

『チョコハンター智代子の名店探訪ももう20回になるらしいです!チョコマニアとしてはまだまだ駆け出しですが、いつか世界中のチョコを制覇するチョコレートクイーンになるための修行が積めているのではないでしょうか…!』

さっきから何回チョコ好きの肩書き変えるんだよ、と画面の外からの音声が入る。ちょっと樹里ちゃん!というテロップもしっかり入るあたり、単なる撮影スタッフのノイズではないのだろう。

チョコタブレットをかじる智代子ちゃんという子は、普通なかなか美しくなりきらないであろう咀嚼中の顔すらかわいかった。小動物的なんていうありきたりな表現が黙るくらいに。

「ね、ね、今ちょこちゃんが食べてるのがここのお店のなんだ、このタブレットも帰りに絶対買って帰ろう」

小動物みたいな同期が目に力を入れて言う。そうだね、わたしフルーツが入ったやつがいいな、と返事をしてイヤホンを返しながら、暗転する直前のiPhoneの画面から目を離せないでいた。

 

お上品で分厚い紙でできたショッパーを膝に乗せて千代田線に座る。電車が反対方向だった同期にLINEで頼んで、さっき見た動画のリンクをもらう。「もしかして布教できた!?うれしい🙏🙏🙏」の文面とともに飛んできた動画の、さっき途切れたところあたりから再生する。

そこから一分間、目を閉じたりほっぺに手を当てたり立ち上がったり座ったりしながらチョコを味わう智代子ちゃんがただ無音で映っていた。わたしが普段食べないと動けないから、目の前にあるからという理由で食べているものと同じ種類のものを食べているとは思えない、めまぐるしく饒舌な表情だった。

Wikipediaを見たら、出来すぎていると思った名前は本名らしかった。だからといってキャラ付けのためにチョコを食べまくっているようにはとても見えなくて、智代子ちゃんが食べているチョコレートがおいしそうに見えて仕方なかった。

フォンダンショコラを食べたばかりなのにお腹が空いて、膝に抱えたチョコタブレットのことを思い出して、もしかしたら今、初めてチョコを食べたいと思ったかもしれない。